若いころからよく愛想がない男だと言われた。無愛想とは自己中心的であることの反面であり、他者に対する配慮不足をいうのだろう。一般的には非難されることだろう。そんな僕が、近ごろ無愛想な人がふえたと感じる。

70年から90年代にかけて、韓国や中国に行く機会があり、食堂やホテルで接する韓国人や中国人には客に対する愛想がないと感じた。でも、それが厭だったわけではない。少し話すと、すごく親しみのある表情を見せるからだ。

彼らの無愛想さは、必ずしも相手を排斥するものではない。単に、日本的な、やや形式的な相手に対する配慮がないだけで、彼らの流儀で対するのだ。それは当然のことでないだろうか。

さて、彼ら流の無愛想さと最近僕が日本人一般に感じる無愛想は同じものだろうか。

つづく