雨模様の彼岸。僕に限らないだろうが、墓所はあまり好きなところではない。

先日、韓国人の友人を連れて、先生ご夫妻の旧家屋を訪ねた。ご夫妻が前後して亡くなられてから2年余り経ったろうか。荒れ果てた家屋を見て、思うところ多かった。

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きのう義母の墓所を訪ね、境内の一角にある犀星の句碑「笹鳴くや馬込は垣もまだらにて」を見た。雨にぬれた石碑がいつになく美しかった。ここに来ると、必ずこの句を読むのだが、きのうは写真に収めた。1日たって、けさ、ご夫妻の廃屋とこの句の光景が重なった。

二つの光景はなぜ重なったのか。きっかけは、僕のスマホのガラス面の一隅にくもの巣状のヒビが入ったことだったに違いない。きのう、雨のなか、持っていたスマホを地面に落としたとき割れたのだ。

ガラス面に亀裂の入ったスマホを手にするたびに、先生の頭蓋を割った岩、犀星の石碑に刻まれた、幼な子を亡くしたあとの詩人の心境、シアトルで孤軍奮闘している娘のことなどを思う。