もう1年以上になろうか。タンゴ音楽のCDをくり返し聴くうちに、好きな曲に身体が反応するようになった。長く社交ダンスを習っている妻が新たにタンゴを習い始め、練習用に毎朝かけていた数枚のCDが、僕をアルゼンチンタンゴの世界に引き込んだのである。
高校生のころからバロック音楽が好きだった僕が、いつしかアルゼンチンタンゴに魅せられ、ついにはダンスを習うために、半年前、不安と恥ずかしさで敷居の高かったスタジオのドアを叩いた。我ながら驚いている。いまや、バロックよりはタンゴ音楽をくり返し聴いている。
アルゼンチンタンゴの基本は歩くことだといわれ、レッスンのはじめに歩行練習することも多い。ふだん歩いているように体の力を抜いて自然に歩けというが、実はなかなかむずかしい。
頭で理解しても、体が動かない。リズム感も体の柔軟性も持ち合わせない60歳代の男が、容易に覚えられるはずもない。MTB で培ったはずのバランス感覚も、まったく役に立たない。
タンゴダンサーが床をすり歩くように進む姿は独特だが、左右の脚に交互に体重を移動しながら自然に歩くのだという。それを意識してまねようとすると、かえって不自然な動きになってしまう。
何度やってもできない自分が腹立たしく、「自然体は前に進むだけで、タンゴのように後ずさりしない」などと、屁理屈をこねてしまう。歩行を分析し、その運動を意識しながら体を動かす、という意味なのだろう。頭で考えることを脱しないから、一向にうまくならない。
半年たっても、まともに歩くこともできず、ぎこちないのは変わらないが、自分なりに楽しめるまでにはなった。La Estación(スペイン語で「駅」の意味)できめ細かくていねいな指導を受けたことが大きな転機になった。
まだまだ思うように踊れないし、何年続くか自信もない。ただ、相手に不快感を与えずに踊れるようになるまで、小遣いと気力がある限り続けたいと思う。