8月24日朝6時半、父が死んだ。僕の人生における基準点の一つだったであろう人物が死んだ。愛憎半ばする男が95歳を目前にして呆気なく死んだ。断末魔の数時間、動物のようなまなざしで何かにすがるような表情をして死んでいった。

晩年は、会えばつい声を荒げて口論になることが多かった。僕が人としてどこか許していなかった、自分勝手で頑固者の男がひっそり死んでいった。

深夜から翌朝にかけて、彼の呼吸が時間をかけてしだいに弱まり、ついに止まった。病室を出たり入ったりしながら、自分でも驚くほど冷静に、泪をながすこともなく観察した。そして、医者が職業的に死を確認するのを見届けた。

一日置いて、男は荼毘に付された。火葬炉から出てきた人骨を見て泣き崩れる義母を見て、自分のなかで彼女に対する見方が変化しているのを感じた。

その夜、この文章を書きながら、僕が二十歳のとき、母と離婚して家を出て彼女のもとに行った彼の身勝手なやり方を、ふと思い出した。あれから五十年が経とうとしている。

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