能楽について何も知らないながら、シテとワキという役の分担が明確にあり、それによって流派も分かれることに興味を持った。小説と法律の文章や虚構と実体の違いについて考えるあまり混乱し、そこから脱出しようとして模索するなかで、シテとワキという区分が役に立つような気がしたのだった。さらに遡れば、父が幽界に入ったことが影響しているかもしれない。 以下、日本能楽協会のサイトから抜粋し引用する。


能では主役のことをシテという。能は徹底した「シテ中心主義」で、美しい衣装も面も観客の目を引きつける舞も、ほとんどがシテのものである。また、上で述べた*代表的な役柄もシテが演ずるのがふつうである。そのシテと応対し、シテの演技を引出す役をワキと呼ぶ。すべて現実に生きている成人男子面をつけることはない神官天皇の臣下などの役が多い。

シテを演ずる人たちのグループ(シテ方)と、ワキを演ずる人たちのグループ(ワキ方)はまったく別のグループで、シテ方の役者がワキを演じたりワキ方の役者がシテを演じたりすることはない。シテ方の役者はシテやその助演的役割のツレを演じるほか、地謡(コーラス)を受け持つ。地謡は、情景や出来事、登場人物たちの心理などをナレーション的に描写するほか、ときにはシテやワキになりかわって彼らのセリフを謡うこともある。

曲によっては子どもが登場することもあり、子方と呼ばれる。子どもの役を演ずるだけでなく、天皇や源義経の役など貴人の役も演ずるのが能の子方の特徴である。たとえば、<船弁慶>の義経はシテやワキが表現する愛情・忠誠心・恨み等々の向かう先のいわばマークとしてのみ存在している。そうした義経の存在感が強くなりすぎぬよう、あえて子方を用いるのである。

*<源氏物語><伊勢物語>などの古典文学に登場する優美な男女の霊、<平家物語>で語られる「源平の戦」で死んだ武将の霊、地獄に堕ちて苦しんでいる男女の霊というように幽霊が多い。また、松や桜など草木の精、各地の神々、天女、天狗、鬼など、人間以外のものも多く登場する。