人々は睡眠を除くほとんどの時間、手のひらを見て過ごした。歩くとき、電車や地下鉄の到着を待つとき、電車の車内、エスカレータに乗っているとき、便座にすわっているとき、食事中、時間つぶしなど、家にいるときも外出先でも、いつも手のひらを見つめていた。車を運転するときや自転車に乗るときも手のひらを見ることをやめなかった。「いつか名もない魚になる」の一節より

みな手のひらを見つめている。そこに何か大事なことがあるかのように手のひらから目を離そうとしない。そういう僕も同じように見つめている。何か大切なことをつかめるのではないか、と哀しげな目で見つめている。