「明治維新」を再解釈する試み

中里介山の小説「大菩薩峠」を貫くのは中里史観と呼ぶべきものであり、それを支える人間観である。場面展開が独特で多くの登場人物が目まぐるしく入れ替わる小説だ。プロットと必ずしも関係なしに挿入される話を煩わしく思うこともあるが、その話のなかで中里史観とその土台にある宗教や芸術(武芸を含む)観が語られるから、なくてはならない一部を構成している。介山の略歴は玉川神社(東京都羽村市)のサイトに詳しい。

1「大菩薩峠」を読み直す(1)
裏宿うらじゅく七兵衛、医者の道庵どうあん、部落出身の米友よねともとお君と黒いムク犬、竜之介の父親に拾われた与八、竜之介に祖父を斬られたお松、神尾主膳しゅぜん、駒井能登守のとのかみこと甚三郎じんざぶろう兵馬ひょうまほかが登場する。歴史上の人物が実名で登場する。
2「大菩薩峠」を読み直す(2)
学者肌の元旗本・駒井甚三郎と幕末の勘定奉行・小栗忠順のつながりが、この長編小説の作者の歴史観を示唆していると考える。小説上の駒井も実在の小栗もともに二千数百石の旗本である。
3「大菩薩峠」を読み直す(3)
中だるみの感を否めないところもあるが、この長編小説に取りかれのがれることができない。読み続けていると、白雲の巻に興味深い挿話があった。16世紀末の秀吉の朝鮮侵略における王義之の真筆をめぐる伊達家と細川家の物語だ。
4「大菩薩峠」を読み直す(4)
殺人鬼であり冷血漢である机竜之介と、幼いころの火傷でケロイド状の顔をもつお銀さまが取り交わす噛み合わないやり取りが興味深い。この小説の登場人物には身体障害者や精神障害者が少なくない。浪人に代表される幕藩体制からの離脱者や社会的な脱落者、「不具者」とされる人々が登場する。
5「大菩薩峠」を読み直す(5)
登場人物のなかで僕がもっとも引かれるのは駒井甚三郎である。無名丸という自ら設計した黒船の針路に関する以下の記述は、期せずして、明治日本以後の日本島の人々に大きな疑問を投げかけているように思う。どこか小栗忠順に通じるところがある。
6「大菩薩峠」を読み直す(6)
山科やましなの巻で、作者はなぜ神尾主膳をして勝 小吉かつこきち(1802-1850)の「夢酔独言」を延々引用し読ませたのか。主膳のモデル原型にでもなっているのだろうか。駒井と小栗忠順、神尾と勝麟太郎の対立関係を比較してみるのも興味深い。
7「大菩薩峠」を読み直す(7)
無名丸が東経170度北緯30度の附近にある無名島に漂着ならぬ到着をした後、しばらくして駒井は一人の白人男性を発見する…(彼から)「およそ自分の理想の新社会を作ろうとして、その実行に取りかかって失敗しなかったものは一人もありません、みな失敗です、駒井さん、あなたの理想も事業もその
てつ
を踏むにきまっています、失敗しますよ」。そう断言された駒井はまた思い悩む。
日本の最東端にある南鳥島は東経153.58度、北緯24.18度。無名島は架空の島だろうが、南鳥島から遠く北東にある。
8大菩薩峠(執筆年1913-41)の主題
幕末から明治期の日本を再解釈を試み読者をして再考させることにあると考えている。美化して語られることの多い「明治維新」とそれ以降の現代史を見直す作業を真摯しんしに行った稀有けうな小説であり、読者にも現代史の再解釈を求めているように思う。このような意味において大菩薩峠は単なる娯楽小説ではない、大いなる論説である。より正確に言えば、小説の醍醐味だいごみと論説のおもしろさを兼ね備えた貴重な作品なのである。
20220531

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