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手のひらを見つめる人々

人々は睡眠を除くほとんどの時間、手のひらを見て過ごした。歩くとき、電車や地下鉄の到着を待つとき、電車の車内、エスカレータに乗っているとき、便座にすわっているとき、食事中、時間つぶしなど、家にいるときも外出先でも、いつも手のひらを見つめていた。車を運転するときや自転車に乗るときも手のひらを見ることをやめなかった。「いつか名もない魚になる」の一節より

みな手のひらを見つめている。そこに何か大事なことがあるかのように手のひらから目を離そうとしない。そういう僕も同じように見つめている。何か大切なことをつかめるのではないか、と哀しげな目で見つめている。

70年代の韓国の歌

긴 밤 지새우고… 1970年代の初め、韓国語を覚えようとしてこの歌を諳(そら)んじ、歌いたくなるとどこでも歌った。夜道を歩きながら、奥多摩の山々を歩きながら何百回歌ったろう。

もう50年も前のことだ。老人の感傷といわれればそのとおりだが、そのときどきの思いや情感を込めた歌の一つだ。つらいとき、壁にぶち当たったとき、よく歌った。

양희은 の澄んだ歌声が好きだった。彼女のLPを1枚全曲諳んじていた。Puff the magic dragon, lived by the sea… 세노야 세노야 산과 바다에 우리가 살고…배가 있었네 작은 배가 있었네 아주 작은 배가 있었네…

処女作を三分して短編に

一年前にこのブログに「70歳にして処女作」という投稿をしました。ある文学誌の新人賞に応募したのですが、予選すら通過しませんでした。このまま作品を葬りがたく、次の三短編に分けて公開することにします。冒頭部分と主人公は共通しますが、それぞれ独立した作品になっています。こういうのを老醜(ろうしゅう)をさらすというのでしょう。

  1. ゴー()沿いの風景: 列車の車窓から見える風景と心象風景が交錯し、主人公は車内で偶然同席した老人と女性に引かれていきます。
  2. ンヴィーニたち: 「ンヴィニ教」(コンヴィニエンス[便宜・利便]に由来)の信奉者・フォロアという意味です。現代人の信仰世界を描いています。
  3. いつか名もないうをになる: 抽象的で読みにくいかもしれません。うをになった主人公を想定し、老人と死について考えようとしました。

どれもわかりにくそうな内容でごめんなさい。

朔太郎の描いた大井町

大井町

 人生はふしぎなもので、無限の悲しい思ひやあこがれにみたされてゐる。人はさうした心境から、自分のすがたを自然にうつして、或は現實の環境に、或は幻想する思ひの中に、それぞれの望ましい地方を求めて、自分の居る景色の中に住んでるものだ。たとへてみれば、或る人は平和な田園に住家を求めて、牧場や農場のある景色の中を歩いてゐる。そして或る人は荒寥とした極光地方で、孤獨のぺんぎん鳥のやうにして暮してゐるし、或る人は都會の家竝のんでる中で、賭博場や、洗濯屋や、きたない酒場や理髮店のごちやごちやしてゐる路地を求めて、毎日用もないのにぶらついてゐる。或る人たちは、郊外の明るい林を好んで、若い木の芽や材木の匂ひを嗅いでゐるのに、或る人は閑靜の古雅を愛して、物寂びた古池に魚の死體が浮いてるやうな、芭蕉庵の苔むした庭にたたずみ、いつもその侘しい日影を見つめて居る。
 げに人生はふしぎなもので、無限のかなしい思ひやあこがれにみたされてゐる。人はその心境をもとめるために、現實にも夢の中にも、はてなき自然の地方を徘徊する。さうして港の波止場に訪ねくるとき、汽船のおーぼーといふ叫びを聞き、檣のにぎやかな林の向うに、青い空の光るのをみてゐると、しぜんと人間の心のかげに、憂愁のさびしい涙がながれてくる。

 私が大井町へ越して來たのは、冬の寒い眞中であつた。私は手に引つ越しの荷物をさげ、古ぼけた家具の類や、きたないバケツや、箒、炭取りの類をかかへ込んで、冬のぬかるみの街を歩き廻つた。空は煤煙でくろずみ、街の兩側には、無限の煉瓦の工場が竝んでゐた。冬の日は鈍くかすんで、煙突から熊のやうな煙を吹き出してゐた。
 貧しいすがたをしたおかみさんが、子供を半てんおんぶで背負ひこみながら、天日のさす道を歩いてゐる。それが私のかみさんであり、その後からやくざな男が、バケツや荷をいつぱい抱へて、痩犬のやうについて行つた。

     大井町!

 かうして冬の寒い盛りに、私共の家族が引つ越しをした。裏町のきたない長屋に、貧乏と病氣でふるへてゐた。ごみためのやうな庭の隅に、まいにち腰卷やおしめを干してゐた。それに少しばかりの日があたり、小旗のやうにひらひらしてゐた。

     大井町!

 むげんにさびしい工場がならんでゐる、煤煙で黒ずんだ煉瓦の街を、大ぜいの勞働者がぞろぞろと群がつてゐる。夕方は皆が食ひ物のことを考へて、きたない料理屋のごてごてしてゐる、工場裏の町通りを歩いてゐる。家家の窓は煤でくもり、硝子が小さくはめられてゐる。それに日ざしが反射して、黒くかなしげに光つてゐる。

     大井町!

 まづしい人人の群で混雜する、あの三叉みつまたの狹い通りは、ふしぎに私の空想を呼び起す。みじめな郵便局の前には、大ぜいの女工が群がつてゐる。どこへ手紙を出すのだらう。さうして黄色い貯金帳から、むやみに小錢をひき出してる。

 空にはいつも煤煙がある。屋臺は屋臺の上に重なり、泥濘のひどい道を、幌馬車の列がつながつてゆく。

     大井町!

 鐵道工廠の住宅地域! 二階建ての長屋の窓から、工夫のおかみさんが怒鳴つてゐる。亭主は驛の構内に働らいてゐて、眞黒の石炭がらを積みあげてゐる。日ぐれになると、そのシヤベルが遠くで悲しく光つてみえる。
 長屋の硝子窓に蠅がとまつて、いつでもぶむぶむとうなつてゐる。どこかの長屋で餓鬼が泣いてゐる。嬶が破れるやうに怒鳴つてるので、亭主もかなしい思ひを感じてゐる。そのしやつぽを被つた勞働者は、やけに石炭を運びながら、生活の沒落を感じてゐる。どうせ嬶を叩き出して、宿場の女郎でも引きずり込みたいと思つてゐる。
 勞働者のかなしいシヤベルが、遠くの構内で光つてゐる。

 人生はふしぎなもので、無限のかなしい思ひやあこがれにみたされてゐる。人は自分の思ひを自然に映して、それぞれの景色の中に居住してゐる。

     大井町!

 煙突と工場と、さうして勞働者の群がつてゐる、あの賑やかでさびしい街に、私は私の住居を見つけた。私の泥長靴をひきずりながら、まいにちあの景色の中を歩いてゐた。何といふ好い町だらう。私は工場裏の路地を歩いて、とある長屋の二階窓から、鼠の死骸を投げつけられた。意地の惡い土方の嬶等が、いつせいに窓から顏を突き出し、ひひひひひと言つて笑つた。何といふうれしい出來事でせう。私はかういふ人生の風物からどんな哲學でも考へうるのだ。
 どうせ私のやうな放浪者には、東京中を探したつて、大井町より好い所はありはしない。冬の日の空に煤煙! さうして電車をりた人人が、みんな煉瓦の建物に吸ひこまれて行く。やたら凸凹でこぼこした、狹くきたない混雜の町通り。路地は幌馬車でいつもいつぱい。それで私共の家族といへば、いつも貧乏にくらしてゐるのだ。

2003年青空文庫作成ファイル:
青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)入力、校正、制作にあたったのはボランティアの皆さんだそうです。

Yun Isang

朝のラジオ放送でたまたま尹伊桑(ユン・イサン 1917-1995)のオーボエ独奏曲「ピリ」を聞き、朝鮮雅楽を彷彿とさせる現代音楽に衝撃を受けた。

続いて、同じ作曲家のフルート独奏曲 Etude No. 5 Allegretto を聴き、その音楽に憑かれたような感官を覚えた。

Yun Isang, Garak

彼の経歴等は次のサイトに詳しい。https://apjjf.org/2020/19/Chang.html

메구미

“메구미: 북한에 의한 납치사건 다큐멘터리 코믹” というタイトルの韓国語の本がある。日本国政府拉致問題対策本部が2008年3月に発行したものだ。B6判で約450ページのコミック本である。分厚さのわりに軽量なこの印刷物が僕に何かを語りかける、ひどく重く語りかける。

welcome back into my life again

30年ほど前だったろう、あるいは父が現在の僕ぐらいの年齢のころだったかもしれない、読書のほかに趣味のない父にハーモニカを贈ったことがある。尋常小学校か旧制中学校のとき、ハーモニカを吹いていた、という話を聞いたからだ。

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父が遺した文庫本を整理しているとき、本箱の奥に隠すように置いてあったハーモニカを発見し、義母には何も言わずに持ち帰った。故人が吹いたことがあると思うと、懐かしいような不思議な感懐に包まれた。

ジャズハーモニカの奏者として著名な Toots Thieleman(1922-2016)の演奏を聴いていると、泪が滲んできた。ずっとその世界に浸っていたいと思った。Old Friend の歌詞の末尾にある Old friend, welcome back into my life again という一節のように、死んだ父があらためて僕の人生のなかに戻ってきたように感じた。

A million times or more I thought about you
The years, the tears, the laughter, things we used to do
Are memories that warm me like a sunny day
You touched my life in such a special way

I miss the way you’d run your fingers through my hair
Those cozy nights we cuddled in your easy chair
Oh no, I won’t let foolish pride turn you away
I’ll take you back whatever price I pay

Old friend
It’s so nice to feel you hold me again
No, it doesn’t matter where you have been
My heart welcomes you back home again

Remember those romantic walks we used to take
You held my hand in such a way my knees would shake
You can’t imagine just how much I’ve needed you
I’ve never loved someone as I love you

Old friend
It’s so nice to feel you hold me again
No, it doesn’t matter where you have been
My heart welcomes you back

Old friend
This is where our happy ending begins
Yes, I’m sure this time that we’re gonna win
Welcome back into my life again

Yes, I’ve tried to live my life without you
Knowing I had lost my closest friend
And though I’m feeling low from time to time
Knowing I will never find the kind of love I had when you were mine

Old friend
It’s so nice to feel you hold me again
No, it doesn’t matter where you have been
My heart welcomes you back

Old friend
This is where our happy ending begins
Yes, I’m sure this time that we’re gonna win
Welcome back into my life again

Welcome back into my life again
Welcome back into my life again