「大菩薩峠」を読み直す(7)

「駒井甚三郎の無名丸が、東経百七十度、北緯三十度の附近にある、ある無名島に漂着」ならぬ到着をし、その周辺に開墾地を耕し落ち着いた後に島の海岸沿いを測量していくと、一人の白人男性と遭遇する。

彼はヨーロッパで育ち、その文明進歩を否定して、自ら無名島に漂着したという隠遁者のような人だ。互いにとって外国語である英語で交わされる二人のやり取りが興味深い。

「およそ自分の理想の新社会を作ろうとして、その実行に取りかかって失敗しなかったものは一人もありません、みな失敗です、駒井さん、あなたの理想も事業もその
てつ
を踏むにきまっています、失敗しますよ」。そう断言された駒井はまた思い悩む。

椰子林の巻 四十九
 駒井が、人間臭を感じていた時に、清八は異様な動物を認めました。
 熊が――と言ったのは、果して、日本人が認める熊であるか、何物であるかを確認したのではなく、何かの動物を、この男が見出したものですから、一概に、「熊が――」と呼んでみたのだ。駒井は直ちに否定しました。熊のいるべき風土ではないということを、反応的に受取ったから、熊が、ということは信じなかったけれども、この男が、たしかになんらかの動物を発見したという信用は失うことがありません。
「あ、熊が、あそこの岩かげから、コソコソと出て、また隠れてしまいました、御用心なさいませ」
 駒井の手にせる鉄砲を目八分に見て、報告と警戒とを加える。駒井は、その言うところを否定もせず、肯定もせずに、
「では、行って見よう」
 その方面に向って自分が先に立ちました。
「人間だよ、熊ではない」
「人がおりますか、人間が、土人でございますか、土人」
 熊であるよりも、人という方がかえって無気味なる感じです。土人、と繰返したのは、土人の中には人を食う種族がある、鬼に近い人種がいる、或いは鬼よりも獰猛
どうもう
な人類がいることが、空想的な頭にあるものですから、兇暴なる土人の襲撃の怖るべきことは猛獣以上である。猛獣は
おど
しさえすれば、人間を積極的に襲うことはまずないと見られるが、土人ときては、若干の数があって、何をするかわからない。
「見給え、あそこに小舟がある」
「舟でございますか、ははあ、なるほど」
 それは小舟です。しかもその小舟が、半分ほど砂にうずもれながら波に洗われつつある。最初は岩の突出かと思いましたが、なるほど、舟だ、その舟も、どうやらバッテイラ形で、土人の用うるような刳舟
くりぶね
でないことを、かすかに認めると安心しました。
 この捨小舟
すておぶね
をめざして急いでみると、それから程遠からぬ小さな池の傍の低地に小屋を営んで、その小屋の前に人間が一人、真向きに太陽の光を浴びて本を読んでいる。黒い洋服をいっぱいに着込んでいるから、それで最初に清八が熊と認めたそれなのでしょう。こちらが驚いたほどに先方が驚かないのです。駒井主従が近寄って来ても、あえて驚異の挙動も示さず、出て迎えようともしないし、来ることを怖れようともしていないのが、少し勝手がおかしいとは思いながらも、危険性は少しも予想されないから、そのまま近づいて見ると、先方は
ひげ
だらけの面をこっちに向けて、じっと見つめていることは確かだが、さて、なんらの敵意もなければ、害心も認められない。
 いよいよ近づいて見ると、原始に近い姿をしているが、その実、
はなは
だ開けた国の漂流者と見える。駒井がまず、英語を以て挨拶を試みてみました、
「お早う」
 先方がまた同じような返事、
「お早う」
 駒井の英語が、本土の英語でないように、先方の発音もまた借りの発音らしいから、英語を操るには操るが、英語の国民ではないという認識が直ちに駒井の胸にありました。
 けれども、英語を話す以上は、その国籍はともあれ、時代に於ては開明の人であり、或いは開明の空気に触れたことのある人でないということはありません。英国は海賊国なりとの外定義はあるにしても、その個人としては、直接に人を取って食う土人でないことは確定と思うから、ここで三個の人間が落合って、平和な挨拶を交し、これからが駒井とこの異人氏との極めて平和なる問答になるのです。
椰子林の巻 五十
 駒井甚三郎は、まず、初発音に於て、この異人氏が英語は話すけれども英人でないことを知り、話してみると、この土地に孤島生活をしているけれども漂流人ではないということも知りました。誰も予想する如く、船が難破したために、この島へ漂いついて、心ならずも原始生活に慣らされている、早く言えば、ロビンソン漂流記の二の舞、三の舞である、とは一見、誰もそのように信ずるところだが、少し話してみると、やむことを得ざる漂流者ではなくて、自ら好んで単身この島へ渡って来て、また好んでこういう原始生活を営んでいる生活者であるということを、駒井甚三郎が知りました。
 これが駒井にとって、一つの興味でもあり、好奇心を刺戟すると共に、研究心をも刺戟して、これに会話の興を求めると共に、この異風の生活の白人を研究してみなければ置かぬ気持にもさせたのです。今日の開明生活を
なげう
って、何しに斯様
かよう
な野蛮生活に復帰したがっているか、それも、やむを得ずしてしかせしめられているなら格別、好んでこういう生活に入り、しかも、一時の好奇ではなく、もはや、あの小舟が朽ち果てる以前から来ており、今後、この島にこの生活のままで生涯をうずめる覚悟ということが、驚異でなければなりません。
 駒井甚三郎と異人氏の、覚束
おぼつか
ないなりの英語のやりとりで、しかも、相当要領を得たところの知識は、だいたい次のようなものでありました。
 この白人は、果して英国人ではない、本人は、しかと郷貫
きょうかん
を名乗らないけれども、フランス人ではないかと駒井が推定をしたこと。
 年齢は、こういう生活をしているから、一見しては老人の如くに見ゆるが、実はまだ三十代の若さであること。
 学問の豊かなことは、ちょっと叩いてみても、駒井をして瞠目
どうもく
せしむるものが存在していたということ。
 そこで、つまりこの青年は、三十代と見ればまだ青年といってもよかろう、一見したのでは五十にも六十にも見えるが――この青年は、何か特別の学問か、思想かに偏することがあって、その周囲の文明を
いと
うて、そうして、わざとこの孤島を選んで移り住んでいる者に相違ないということが、はっきりと判断がつきました。
 そういう類例は、むしろ東洋に於ても珍しいことはない。日本に於ても各時代時代に存在する特殊の性格である。こういう隠者生活というものは、東洋がその本家であるかと見ると、西洋にもあるのだ。いわゆる文明国にも、現にこういう人が存在する、ということを駒井がさとりました。
 異人氏の方でもまた、この珍客が、教養ある異邦人で、自分の思想生活を
みだ
す者でないことがわかったらしい。特に興味を以て、駒井との会話を辞さないようです。
 そこで、駒井甚三郎は、清八をして持参の弁当を取り出させ、その小屋の庭前の自然木の卓子
テーブル
の上に並べさせ、そのうち好むものを、異人氏にも勧め、且つ食い、且つ談ずるの機会に我を忘れ、また今日の任務をも忘れんとします。
 ここに於て、駒井はこの島に、自分たちよりも先住者が少なくも一人はいたことを知り、島の面積、風土のなお知らざるところをも聞き知り、もはや、これ以上には人類は住んでいないことなどをも知りましたが、個人として、この異人氏の身辺経歴等を知りたいとつとめたが、容易にそれを語りません。
「あなたは、この島に猟に来たのですか」
と異人氏がたずねるものですから、駒井が、
「いいえ、猟に来たのではないのです、あなたと御同様に、この島へ永住に来たのです」
「エ?」
と言って、異人氏がその沈んだ眼をクルクルとさせ、
「永く、この島にお住まいになるのですか」
「そのつもりで、仲間を引きつれて来て、これから三里先に開墾を始めています、以後、おたがいに往来して、お心安く願いたいものです、これを御縁に、たびたび、わたくしも、こちらをお訪ねしたい、どうぞ、我々の方も訪ねていただきたい」
 駒井がこう言いますと、異人氏は感謝するかと思いの外、みるみる失望の色が現われて、
「そうですか、あなた方二人だけではないのですか」
「二十余人の同勢で来ています」
「男ばかりですか」
「女もおりますよ」
「そうですか」
と言った異人氏には、失望のほかに、不快な色さえ現われて、それからは駒井の問いにはかばかしい返事をしませんでしたが、急に立ち上って、
「わたくし、あの小舟を修繕しなければなりません」
 つと立って行ってしまったものだから、駒井も引留めようがありませんでした。
 ぜひなく、清八と二人だけで食事を済まし、しばらく待ってみたが、容易に再び姿を現わしません。立って四方をさがしてみたけれども、どうもその当座の行方がわからない。ぜひなく二人はそのままに取りかたづけて、ここを出て前進にかかりましたが、途中、心にかけたけれども、この異人氏の姿が再び眼に触れるということはありませんでした。
 駒井は、それを本意なく思ったが、なんにしても、最初のうちは極めて好意を以て会話に答えた異人氏が、終り頃、急に失望不快の色を現わしたことと、そのまま席を立って、再び姿を見せなかったことに、何か、感情の相違があるものだとみないわけにはゆきません。では明日改めて、単身、ここまで出向いて来て、この遺憾
いかん
の部分の埋合せをしようと思い定めました。その日は、その程度の観察、往復の途中、地質と植物の標本を集めたくらいのところで、開墾地へ立帰りました。
 お松に向って、その日のあらましを物語り、明日はひとつあの異人氏の訪問を主目的として、また出かけてみるつもりだということを物語ります。
 七兵衛の報告を聞いて、開墾事業が着々として進んでいることを知り、多くの希望と愉快のうちにその夜を眠ります。
椰子林の巻 五十一
 その翌日、駒井甚三郎は、三里の道を遠しとせずして、今日はたった一人で、昨日来た異人氏の草庵を訪ねてやって来ました。
 来て見ると、その有様、昨日に異ならず、戸は別に
ふさ
いでもないが、人はありません。二度、三度、呼びかけてみたが返答もありません。その様子では、昨日立って行ったままに、立戻らないようにも見えるが、いったん戻って、また出かけたものとも察せられる。
 あけ放された室内へ、駒井が入り込んで見廻すと、数多くの書籍がある。卓の上には、書きさした紙片が
うずたか
く散乱している。駒井は一わたり書棚の書物を検閲したが、英語と覚しいものは極めて乏しい。一二冊をとって
ひら
いて見ると、文字は横には印刷されているが読めない――
 そこで、駒井はまた一旦、室外へ出て待ってみたが、到底
らち
が明かないと見て、ともかくも近いところを歩いてみようと、小径をそぞろ歩きすると、まもなく海岸へ出ました。海岸へ出て見ると、何のことに、探索に苦心するまでのことはなかった、つい眼のさきに、尋ねる人がいるのです。海岸へ乗捨てられた小舟をコツコツと修理していたのは、昨日見た異人氏以外の人でありようはない。
 そうだ、昨日も立ち上りざま、舟を修理をしなければならないと言って出た。最初から、こっちを探せば何のことはなかったものをと、駒井はその心構えで、ツカツカと近寄って来て、
「昨日は失礼――また尋ねて来ました」
「はい」
「舟をなおすのですか」
「はい、舟を修繕しています」
「だいぶ古くなっていますね」
「なにしろ、三年前に乗捨てた舟ですからね。もう二度使おうとは思わなかったですが、また手入れをしなければならないです」
「新たに漁でもおはじめなさるのですか」
「いや、漁ではありません、沖へ出なくても魚は捕れます」
「では、急に何の必要あって」
「海へ乗り出すのです、新たなる征服者が来たから、先住民族は逃げ出さなければならないです」
「待って下さいよ、新たなる征服者というのは我々のことですか、先住民族というのは君のことですか」
「そうです、あなた方は侵入者であり、征服者であります、新たなる征服者が来た時は、先住民族は逃げなければなりません、逃げなければ血を流します」
「これは奇怪なお説です、誰が君を殺すと言いましたか、誰が君の血を見たいと言いましたか」
「当然です、誰も言わないが、それが移住者の約束です」
「そういう約束をした覚えもない」
「人間同士の約束ではない、天則です、でなければ歴史です、人類相愛せよということは、猶太
ユダヤ
の大工さんの子だけが絶叫する一つの高尚なる音楽ですね、相闘え、相殺せ、征伐せよ、異民族を駆逐せよ、しからずばこれを殲滅
せんめつ
せよ――これは、歴史だから如何
いかん
とも致し難い、そこで、わたくしは殺されないさきに逃げます」
「驚くべき誤解ですねえ、我々も、まず平和と自由とを求めて、この地に来たのですよ、歴史の侵略者とは違います、海賊ではありません、紳士です」
「歴史の原則の前には、海賊も紳士もないです、あなた方は、平和を求めるつもりでこの島へ来ても、それがために、わたくしの平和が奪われます」
「奪いません、おたがいに和衷協同して、相護って行き得られるはずです」
「そんなことができるものか、現に、わたくしの平和が、こんなに乱されていることが論よりの証拠――やがて、わたくしが殺される運命は必然です」
「左様な独断に対しては、もはや議論の限りではない、ただ、東洋人ということが、野蛮と好戦の代名詞のように心得ている君等白人の謬見
びゅうけん
からただしてかからなければならんのだが、それには相当の時間を要する、少なくともその理解の届くまで、君の出発を延期してはどうだ、果して、君が憂うるところの如く、我々は君を殺さずには置かぬ人類であるか、或いは存外、君と平和に交り得る人種であるか、その辺の見当がつくまで、出発を保留して置いてはどうか、そうして、いよいよ危険と結論が出来たその時でも、立退きは遅くはあるまい、その担保として――これをひとつ君に預けて置こうじゃないか、これは我輩の唯一の護身武器だ、安全の保証だ」
と言って駒井甚三郎は、肩にかけていた鉄砲を取って、彼の前に提出し、同時にその帯革の弾薬莢
だんやっきょう
を取外しにかかると、
「いや、違います、違います、あなたの観察が違います、わたくしは、あなた方を怖れるのではないです、歴史を怖れるのです、東洋の人を、野蛮だの、好戦だのと軽蔑するほど、西洋の人は文明を持ってはおりません、大きな宗教、大きな哲学、大きな科学、みな東洋から出ました、今、西洋だけが文明開化のように見えるのは、それは表面だけです、西洋の文明開化は短い間の虹です、やがて亡びますよ、わたくしは、欧羅巴
ヨーロッパ
に生れたけれど、欧羅巴が嫌いです、それで、国々を廻ってこの島へ来たです、が、これから、ここを逃げ出して、またどこか自分のくらしいい土地を求めて行きます」
椰子林の巻 五十二
 吃々
きつきつ
として、こういう釈明をする間にも、異人氏は小舟の修繕の手を休めない。銃器を取外した駒井は、そのやり場に苦しむような手つきで、ふたたびそれを持扱いながら、これと対した石の上に腰を卸して、異人氏の言うところを言いつくさしめようと構えている。異人氏は、ここまで来ると、必然の論理を通さねばならぬかの如くに、ねちりねちりと問わざるに答えるのである。
欧羅巴
ヨーロッパ
の文明というものは間違っているです、蒸気が走り、電気が飛び、石炭が出る、機械がどよめく、それで、人が文明開化だといって騒いでいるだけのものです、蘊蓄
うんちく
ということを知らないで、曝露
ばくろ
するのが文明だと心得違いをしているです、陰徳というものを知らないで、宣伝をするのが即ち文明だと心得違いをしているです、ごらんなさい、今に亡びますよ、今に欧羅巴人同士、血で血を洗う大戦争をはじめて共倒れになりますから、わたくしは、そういうところに住むのが嫌いですから、もっと広い世界へ出ました」
「君は文明開化を否定している、人類の進歩というものを
のろ
っているらしい、それが欧羅巴の文明というものを
きわ
め尽しての結論だと面白いが、ただ偏窟な哲学者の独断では困る」
「わたくしは偏窟人です、世間並みの風俗思想には堪えられません、それだからといって、わたくしの見た欧羅巴文明観が間違っているとは言えますまい、そもそも、欧羅巴が今日のように堕落したのは……彼等は堕落と言わず、立派な進歩だと思い上って世界に臨んでいるようですが、わたくしに言わせると、彼等より
はなはだ
しい堕落はありません、何がかくまで欧羅巴を堕落させたかと言えば、それは鉄と石炭です」
「ははあ、妙な論断ですね、羅馬
ローマ
の亡びたのは人心が堕落したからだということは、よく聞きますが、鉄と石炭が欧羅巴を堕落させたという説はまだ聞きません」
「学説ではなくて事実です、まず欧羅巴というところが、世界の中でどうして特別に早く開けたかといえば、それは食物を耕作する良地に富んでいたからです、土地が肥えていて、人間が食物を収穫するのに、最も都合がよかった、というのが第一条件であります、これは勿論
もちろん
であります。欧羅巴でなくても、穀物をよく生産する土地に人間が第一に寄りつきます、欧羅巴が開けたのは、その第一の条件に恵まれていたその上に、第二の条件が最もよろしかったからです、その第二の条件というのは、鉄が豊富であったからです、鉄を掘り出して使用することの便利が、他の多くの国土よりも恵まれておりました。人類は、最初にその鉄で
くわ
を作りました、
すき
を作りました、そうして耕作力に大きな能率を加えました、そこで、人間に余裕も出来て、人間の数も
えました、それまではよかったです。ところが、人に余裕が出来、その数が殖えてくると、争いが起りました、そこで、鍬を作る鉄で武器を作りはじめました、欧羅巴の堕落はそこからはじまりました」
「それは堕落ではない、当然の進歩というものだ、人類が進歩し、社会が複雑になればなるほど、おのおのの防備を堅固にしなければならない、大きく言えば、国防というものがいよいよ切実となる、弓と矢を用いる代りに、鉄を利用して国防の要具を作ることは、当然の進歩ではないか」
「進歩とか、複雑とか言いますけれども、その進歩と複雑が、人間に何を与えましたか、眩惑
げんわく
以上のものを与えましたか、眩惑から逃れて真実の生活を営みたいものは、欧羅巴文明から離れなければならない、そういうわけで欧羅巴を堕落させたもの、第一は鉄であります、いや、人が鉄の使用を誤らせたことから堕落が起りました、その次に、欧羅巴文明を堕落せしめたものは、石炭です、なぜ、石炭が欧羅巴を堕落せしめたかと言えば、そのもとは蒸気の発明から起ったです、蒸気が発明されると、大船が大洋の中を乗りきって、世界のいずれの
はて
へも自由自在に往来ができるようになりました、人間はそれを称して、人力が海洋を征服したというけれども、実は人間が自制心を失って我慾に征服されたです、従って、この蒸気船に乗って世界を行く国人が海賊となりました、海賊とならざるを得ないです。たとえ未開野蛮の地というとも、先住民のいない国土はない、新入者と先住民との争いが当然起ります、先住者のないところには、新入者同士の争いが起ります。石炭が大きな船を動かさなければ、なかなかそういうことは起らなかったです。いまに、ごらんなさい、世界中がみな海賊の争いになりますよ、鉄と石炭を多量に持っている国家が、海賊の親方になります、そうすると、それを
うらや
む他の国家が、割前を欲しがって、その海賊の大将を亡ぼそうとします、そこで、海賊の大将へ総がかりという大戦争が起りますから、見ていてごらんなさい、鉄と石炭が欧羅巴を進歩せしめたというのは、近眼の見ている虹です、やがて、これがために亡びますよ、いったい、土地に埋蔵してある天与の物質を掘り出して、それを人間同士殺戮
さつりく
の道具に造るなんていうことが、罰が当らないで済むものですか、やがて、欧羅巴がいい見せしめです、東洋の方々よ、東洋は欧羅巴に比べると、遥かに偉大なる宗教、深遠なる哲学を持っています、この産物は、鉄と石炭の産物とは比較にならない、東洋人はその偉大なる宗教と哲学に従って行けば、安全なのです、決して、鉄と石炭の文明に眩惑されてはなりませんよ」
 こう言われて、駒井甚三郎は、何か自分の弱味に籠手
こて
を当てられたように感じました。この立論が偏窟であるないにかかわらず、ただ何かしら、自分の弱点を突かれでもしたように感じました。
椰子林の巻 五十三
 こういう頭から出て、とどまると言い、出ると言う以上は、力を以て引留めることの限りではないと、駒井甚三郎もややにさとりました。
 そうして、暫く沈黙して考えさせられざるを得ないものがありましたが、
「君が欧羅巴文明を否定するのは、君一個の意見として聞いて置き、拙者もいずれ考えてみたいと思いますが、東洋に、より優れたる偉大なる宗教があり、深遠なる哲学があるというのは、それは買いかぶりではないか、ドコの国も同じように似たり寄ったりなもので、人間というやつは、みんな、眼前だけを標準としてしか行動ができない動物なんじゃないか、世界の人類一様に、みんな、やがて消ゆべき虹を見て騒いでいるんじゃないかな」
「そうでないです、西洋の人は虹をだけしか見ることができないです、たまにそれ以上を見る人は、ただ、虹は何で出来ている、虹は水蒸気である、七色は光線の分解であるというだけを見るのが頂上です、ところが東洋人は、水蒸気を見ない、七色を見ないで、
くう
を見ます、空というのは虚無ではないです、つまり、
しき
を見ないで
くう
を見るです、西洋人には、色を見ることだけしかできないで、空を見ることができません」
 ここに至ると駒井甚三郎は、もはや、自分の領分外だということをさとりました。もはや自分の力では、こなしきれないということを自覚せざるを得ませんでした。
 そこで、また暫く沈黙の後、次のように言いました、
「考えさせられます、トモカク、我々の方で、君を引留める何物の力もないということがわかり出したようです、この上は、君の自由の行動と、意志の行動に干渉すべき限りではない。では、一日、我々の新開墾地に客に来て見て下さらぬか、我々が食人種でないことがおわかりならば、一日の来訪は危険を伴わないし、また君の将来の行動のさまたげとなるべきはずもないから、新入者が先住民に敬意を表わすの機会と、先住民が新入者を迎うるの機会と、それから新入者が先住者を送るの礼と、その三つの機会を同時に、我々の新開地で作ってみることは許されないか」
「そういうわけならば、一日の暇を作りましょう、明日にも、あなたの植民地へ行きましょう」
「それは有難いです――では」
 駒井甚三郎は、明日の約束を以て、この場の会見と会話とを打切りました。順路をよくこの異人氏に教えて、自分はもと来し路へ引返します。出立の時は、今日は、もう一足でも先へ前進してみるつもりでしたが、ここで会見の時を過ごしてみると、もう進む気が起りませんでした。
 来た路を引返しながら駒井甚三郎が思う様、この孤島へ来て、さかさまに、白い異人から東洋哲学を聞かせられようとは思わなかった、ドコの国、いずれの時代にも、その時代を
いと
う人間はあるものだ、称して厭世家という。そういうことは、いずれの時代にもあるが、いつも世間には通用しない。当人も無論、通用されないことを本望とする。世間の滔々
とうとう
たる潮流から見れば、一種例外の変人たるに過ぎない。一人や二人そういう変人が出たからとて、天下の大勢をどうすることもできるものではない。また当人も、一人や二人で天下の大勢をどうしようの、こうしようのと考えているのではないから、別段、問題にするには当らないが、どうかすると、そういう変人の中に、驚くべき予言が語られたり、達観が行われたりするもので、あらかじめ、そういう声を聞くと聞かないでは、国の興亡が定まることさえあるものだ。言う者に罪なし、聞く者以て
いまし
むるに足る。
 だが、それはそれとして、こんなところで、こんな人種から、東洋哲学を聞かせられて、これに充分の応答ができない、まして、逆に彼等にこれを説き教える素養を欠いている
おの
れというものを、駒井甚三郎が反省せざるを得ませんでした。
 日本に於ては、おこがましいが、自分は当時での最新知識であり、有数の学者と我も人も許していたのだ。それが、ややもすれば金椎
キンツイ
に虚を突かれたり――孤島の哲学者に逆説法を食ったりするのは、事が自分の研究の職域以外としても、光栄ある無識ではないのである。自分の
きわ
めているのは、今の哲学者の見るところによると、欧羅巴文明の糟粕
そうはく
かも知れない。かの糟粕を究めつつ、自家の醍醐味
だいごみ
も知らないということになると、いい笑い物だ。
 学問、研究、知識は、いよいよ広く、いよいよ大きい、この海洋のようなものだ、というような反省が駒井の心に波立ちました。
椰子林の巻 五十四
 その翌日、約束の通り、異人氏は駒井の植民地へやって来ました。これを迎えた駒井は、一応植民地を見せた上で、己れの舎宅へ案内して、ここで、椅子をすすめて相対坐しての会談です。この時に異人氏は次のように言いました、
「駒井さん、あなたの理想はよくわかります、地上に理想郷を作ろうという企ては、今に始まったことではないです、昔からよくあることです、欧羅巴では、哲学者プラトーなども、その理想の先達
せんだつ
の一人です、実行はしませんでしたけれど、プラトーは、その理想を持っていました、最近では、ロバート・オーエンという人が、それを実行しました、あなたと同じように同志を集めて、全く新しい一つの社会を作りました。プラトー氏は、ただ理想家だけでしたが、ロバート・オーエンは、徹底的に実行しました」
「そういう人が、最近、西洋にありましたか」
「ありました、ロバート・オーエンは、英吉利
イギリス
のウエールという所の山の中に生れた人です、子供の時は呉服屋の小僧などをして、それから成功して大きな紡績工場を持つようになりました、幼少から艱難
かんなん
をして、世の中を見たりして、どうしてもこれではいけない、ひとつ、模範の世界を作ってみるといって、自分の大工場を中心にして立派な模範の村を作り、一時、非常な評判になって、見に行く人が多くありましたが、上流の人、資本家の人が、オーエンの理想を好みませぬ、せっかくの理想が妨げられる、そこで、オーエンは、これは上流社会や資本家を相手にしていては駄目だ、働く人だけで自由な社会を作らなければならぬと言って、それには周囲のうるさい土地ではいけない、新しい天地で、さしさわりなく腕の
ふる
えるところでなければいけないといって、イギリスの自分の土地や工場を、すっかり売払って、アメリカへ渡りました、アメリカの、インデアナ州というところへ土地を買い、思いきって理想の社会を作ってみましたが、失敗してしまいました」
「もう少しくわしく、その人のことを話してみて下さい」
「いや、話せば長くなるです、およそ自分の理想の新社会を作ろうとして、その実行に取りかかって、失敗しなかったものは一人もありません、みな失敗です、駒井さん、あなたの理想も、事業も、その
てつ
を踏むにきまっています、失敗しますよ」
 異人氏は、駒井の事業慾に対して、三斗の冷水を注ぐようなことを言いました。せっかくのことに成功を祈るとは言わず、失敗が当然だということを言いました。聞きようによれば、不吉千万の言い分でありますけれど、駒井は深く気にかけません。
「失敗とか、成功とかいうことは、ただ仕事の成績だけ見て言うことじゃありませんよ、成功と信じても、ねっからツマらないこともあり、失敗だ、失敗だと言われることが、かえって大きな時代の推進力をつとめることもあるものだ、今のそのオーエンという人が、どういう失敗に終ったか知らないが、そういう勇気と実行力を持ち得る人は、尊敬すべきものだ、信ずることを、ドコまでもやってみようという勇気を私は取ります。オーエンは失敗したけれども、イギリスからアメリカに渡って、このアメリカの土台を築き上げた人は失敗ではないだろう、成敗を以て事を論ずるのは末だ」
「そうです、何が成功で、何が失敗かということは、見る人の批判だけではわかりません」
 異人氏は、深く議論をする気はなく、その辺で辞退しましたから、駒井甚三郎も、それを送って外へ出ました。
 過ぐる夜に、月影を踏んで歩いた砂浜のあたりを、異人氏を送りながら歩いて行く駒井甚三郎は、異人氏が、どうしてもこの島を立退かなければならないならば、古舟を修理なさらずとも、こちらのバッテイラを貸して上げようと言いますと、異人氏は、それを辞退して、それには及びません、舟は手慣れたのがよろしい、いかに小舟で大洋へ乗り出しても、決して覆ることはないものだ、舟には心配はない、心配がありとすれば、食糧と気候の変化だけのものだが、それは天に任せるより仕方がない、というようなことを言う。
 異人氏を程よきところまで見送ってから、駒井甚三郎は、また海岸を戻りながら、いろいろと考えさせられました。
 事実に於ては、自分たちが来たために、あの異人氏を追い出したことになるのだが、異人氏は追い出されると思ってはいない。新人
きた
れば旧人去るのは当然の理法だと考えている。またそれが自分の自由だと考えている。こちらは気の毒千万とも思うけれども、先方は現在の旅から次の旅に移るとしか考えていない。満足から満足に向ってあさり進むとしか考えていないようだ。
 のみならず、去り行く
おの
れの影を
かな
しまずして、盛んなる我等の新植民をむしろ哀れなりとしている。斯様
かよう
な事業は必ず失敗なりと断言して
はばか
らないところも、また一見識だと思いました。
 その一例として挙げてくれた、何といったかな、イギリスの、ロバート・オーエンと言ったかな、そういう人間の最近の失敗を述べたようだったが、くわしいことは聞きもらしたが、では、これからひとつそのオーエンなるものの伝記を研究してみよう。失敗とか、成功とかは論ぜず、トニカク空想を実行に移して、百折屈せざるの先例を見出すことは愉快と言わねばならぬ。イギリスという国が大きくなるのも、そういう人間を持ち得られるからだろうなどと、駒井がその時に考えました。

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