65歳前後に二つの新しいことを始めた。2014年夏前からMTB山行、2016年夏からアルゼンチンタンゴを始めたのだ。それぞれ友人H、妻に影響されて体験したのがきっかけだ。タンゴは3年目で休止したが、MTBは6年続いている。MTBはだいぶ馴れ、以前は怖(お)じけづいた急坂も下れるようになった。登りは相変わらずきつい、これは変わることがないだろう。

撮影H、途中から速度が落ちるのは枯葉の下に樹の根が張っていてタイヤを取られるため 201213

タンゴのほうは上達しないまゝ中断してしまった。最近また練習を再開したが、いつまで続くかわからない。MTBとタンゴの違いは何だろう。ひとことで言えば、MTBは遊びとして楽しめる、文句なく楽しいが、タンゴはなかなか楽しめない。習いごとであり、レッスンを受けている感覚から脱せないのだ。女性と組むアブラッソ(抱擁)には馴れても、なかなか自然体になれない。肩に力が入って、自分でもぎこちなく感じる。

タンゴの音曲を毎朝30分ほど聞いているから、音楽にはだいぶ馴れたはずだ。Carlos Gardel (1890-1935)が好きだが、音曲を聞くのと踊るのではまったく違う。思うように踊れないからタンゴをモチーフに文章を書いたりもした。

70歳を眼前に、ある国家試験の勉強を始めた。2019年6月末、米国シアトルにある大学院の卒業式 commencement に出席し、娘と同世代の30代以上の卒業生を見て大いに刺激されたからだ。数年前、資金移動業者の登録申請に関わったのがきっかけだ。合格まで何年かかるか不明だが、合格後も学び続けなければならないことを1年余りかかって理解した。

こうして見ると、僕は周囲の人々や仕事に影響されながら、そのときどきに興味を抱いたものに取り組んできたことがわかる。当たり前のことかもしれないが、そうする(なる)こととそれを自覚するのは別のことだと思うが、主体性がないということもできよう。

どれも始めたら終わりがない、ということに最近気づいた。70歳の平均余命15年として、体や頭が働かなくなるまでずっと続く。ひとつの段階を越えれば、また次に向かって続けることで一定のレベルを維持できるのだ。だから、それぞれを楽しむしかない。

75歳、80歳で続けているかどうか、楽しみではある。70歳を過ぎてからの変化は幼少期のそれと同じように大きい。一方は上昇する成長で、他方は下降すると考えられているのだが、どっこい老いはそうそう単純ではないようだ。